S20' 9月2日 降伏文書に調印 !

    アメリカ軍、日本全土に進駐 !     

 

 それからの父は、毎朝早く出かけて、夜遅くなって帰ってくる毎日で、本当に大変だったみたいです。

 しばらくして父は、佐世保に陸軍から復員してきた母の弟、忠男おじちゃんと一緒に、材木や家具を商う商売を始めたようです。

 

 9月2日、日本政府はアメリカ軍の戦艦、ミズーリ号の艦上で、アメリカ軍の代表と正式に降伏文書に調印しました。

 そして、これから日本は連合軍の占領下に入ったのです。

それから、日本はアメリカの統治下に入り、間もなく日本全国にアメリカ軍が進駐してきたのです。

 軍港のある長崎、佐世保は勿論、日本全国の都市には駐屯基地が設置され、首都東京には、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が設立されました。 そして、太平洋戦争の終結に際して、ポッダム宣言の施行のため、日本においての占領政策を実施していったのです。

 

  ボクたちの村でも大変な事が起ころうとしていました。

久留米の方から佐賀方面に向かう、アメリカ軍が家の前の道を通ると言うのです。 その当時、女の子はアメリカ軍に見つかったら連れて行かれると言う噂が流れていました。

 お隣のお姉ちゃんは一夜にして、お下げ髪を切り、丸坊主になり学生服を着て、お兄ちゃんになってしまったのです。

 

 それから、数日後のことです。 外で「 アメ公が来るぞ~!」と言う声が聞こえました。 母たちは、洋治や征三の手を引き、慌てて台所の方に隠れました。 お隣のおばちゃんたちも家の隅の方に隠れたようです。

 その日は生憎、父やお兄ちゃんたちも居なかったのです。

母が「 和衛!こっちにおいで!」と言う声にも耳を貸さずに、ボクは玄関に駈けて行って、いつも立て掛けてある竹槍を手に取り、「 母と弟たちは、ボクが護るんだ!」と言う悲壮な決意で、少しだけ開けた玄関の戸の隙間から外を覗いてみました。 まもなく、大きなエンジン音が近づき、今までに見た事もないジープや大きなトラック、水陸両用車等が次から次へと何台も何台も、土煙りを上げながら通り過ぎて行きました。

どの車にもアメリカ兵が沢山乗っていて大きな声で、訳の解らない言葉を喋ったり、手を振ったりしていました。

 モウモウとした土煙りが消えはじめ、辺りが静かになったのを見定めて、ボクは外に出てみました。

 何だか、つい先日まで戦争をしていたとは思えないような平和で楽しそうな、あのアメリカ兵の笑顔、ボクは拍子抜けしたような不思議な気持ちになりました。