昭和17年 ミッドウェー沖大海戦 !

 

 昭和17年6月5日、大本営発表の重大ニュースがラジオから流れてきました。 ミッドウェー沖での大海戦で、敵の機動部隊に大打撃を与えたと言うものです。 国民は皆、小躍りして「 これで、勝てるぞ!」と大喜びしたそうです。

 

 しかし、現実はかなり違っていました。

ミッドウェー海戦とは、日米の空母機動部隊同士の初めての航空戦で、その結果、日本海軍は航空母艦4隻と艦載機のほとんどを失い、この戦争の主導権を失った、完全な負け戦さだったのです。

 

この海戦での負け戦さ以来、東南アジアからの物資に頼り切っていた日本軍は、その輸送経路も完全に断たれ、過酷なまでに厳しい戦いを強いられるようになってきたのです。

 そんな中、七五三を迎えたボクは父が誂えてくれた、大好きな海軍大将の衣装を身につけ、喜び勇んで神田明神にお参りに行き、意気揚々と街中を歩き回ったものです。 そして、お決まりの迷子、父母は見つけ出すのに一苦労したそうです。 当時は女の子は晴れ着、男の子は陸軍大将や海軍大将の軍服、飛行帽を被った戦闘機のパイロット等の服装をするのが当たり前だったのです。

とにかく、この頃のボクは何事にも興味深々、探究心と冒険心が旺盛な子で、隙あらば外に飛び出して良く迷子になり、父や母が探し回っていたそうです。 

 

ある日のことです。 ボクはお隣のタケチャンと遊んでいて、急にチンチン電車が見たくなり、二人で手をつなぎ結構遠くにある、須田町の電停まで出かけました。 やっと到着したボクたちは電車の前を見たり、下を覗き込んだりして機嫌よく遊んでいました。 すると、大人の人たちに「 ボクたち,危ないよ! 迷子かな?」と言いながら無理やりに交番に連れて行かれてしまいました。 そこで、ボクは「 ボクたち迷子じゃないよ、電車を見に来ただけだよ!」とオマワリサンに抗議しましたが聞き入れてもらえずに、「 ボクたち、どこから来たの? お家はどこ?」と訊ねるので、ボクはハッキリと、「 タケチャンちのお隣りだよ!」と応えました。 すると今度はタケチャンに「 タケチャンちはどこ?」と訊ねました。 タケチャンもハッキリと「 カズチャンちのお隣りだよ!」と応えました。

 

すると、何故かオマワリサンたちは「 こりゃぁ、どうにもならんばい!」と言って皆で大笑いしました。 ボクたちは訳が解らずにキョトンとしていました。

そして、オマワリサンは,「 ちょっと、ボクたちごめんよ」と言いながらボクの洋服を脱がせはじめたのです。

 そう言えば迷子常習犯のボクは、母から「 お家が解らなくなったら、大人の人にこれを見せなさい!」と小さな板切れで作った迷子札を素肌に襷掛けにしてぶら下げられていたのです。 それを見つけたオマワリサンは、「 有った、有った、あそこの帽子屋さんの子だよ。 この子だけ一応連れて行こうかな。」と、ボクだけを自転車の後ろに乗せて、お家まで送ってくれました。

 お家に着いたら母にこっぴどく𠮟られ、母はオマワリサンにたくさん謝っていました。 ボクは母に「 迷子になったんじゃないよ! 一人でお家に帰れたんだよ!」と一生懸命に弁解しましたが聞き入れてもらえず、大変悔しい思いをしたものです。

でも、内心、オマワリサンとお友達になれた事が嬉しくて、また近いうちに交番に遊びに行こうと思いました。