S.20' 6月29日 佐世保大空襲 !(1)

 

 昭和20年6月28日、明日はボクが楽しみにしていた、満5才の誕生日だと言う日に、大変なことがおこったのです。

 その日は、梅雨時の事もあって、朝から小さな雨が降り続いていましたが、夕方になり雨も酷くなってきたので、遊びに来ていたカコチャンも家に帰り、しばらくして、買出しに行っていたオジイチャンも帰ってきました。

 

 そして、「 今夜、空襲があるらしいぞ! この雨だから大丈夫だと思うけど、用心のため、直ぐ逃げられるように、非常用のリュックや防空頭巾は枕元に準備して、洋服は着たまま寝るように!」と言い、「 もしも、大丈夫だったら、明日は和衛の誕生日だし、小豆が少しばかり手に入ったから、オハギでも食べようかね。」と言いました。ボクと洋治は空襲のことより、久しぶりにオハギが食べられることが嬉しくて小躍りして喜んだものです。

 

その夜は梅雨時のせいもあり、蒸し暑い中、オジイチャンの言ったとうりに服を着たまま防空頭巾と、おむすびや小豆等を詰めたリュックを枕元に置いて眠りについたのです。

 

 ところが、オハギの夢でも見て、良い気持ちで眠っていた僕は、突然「 空襲だ! 起きろ!」と言うオジイチャンの大きな声でたたき起こされたのです。 そして、オロオロしている母とオバアチャンに「 和衛は俺がみる! アツメ(母)は征三を毛布にくるんでだいていけ!」と指示を出し、洋治はオバアチャンがおぶって逃げることになりました。

 

「 良いか? 行くぞ!」と言うオジイチャンの掛け声で、みんな防空頭巾をかぶり、階段を駆け下りました。

 その時ボクがチラッとみた時計は、針は二本とも真上を指していました。 階段のガラス窓は真っ赤に染まり、外では「 空襲だ! 逃げろ!」と言う大きな声や悲鳴、サイレンの音がけたたましく聞こえていました。

 

 ボクは急いで玄関で履物を履こうとしましたが、片っ方のがありません。 カコチャンのが片っ方ありました、たぶん昨日カコチャンが帰るとき、間違って片々に履いていったのでしょう。 ボクも仕方なく片々に履いて、立ち上がった瞬間、裏庭の方で物凄い爆発音がしたと思ったら、ガシャァンと言う音と共に大きなガラスの破片が飛んできて、ボクが背負っているリュックに当たり、ボクは倒れてしまいました。

  でも、リュックのお陰で怪我をしないで済んだのです。

「 急げ! 出るぞ!」と言うオジイチャンの声で玄関を飛び出し、防火用水の水を頭からかけられて、急いで走り出しました。

 

 オジイチャンの背中から見えた空は、照明弾で昼間のように明るく、周りの家からは火が噴出して、そこら中真っ赤に燃えていました。 道路には、あちこち、10m間おき位に大きな懐中電灯のような焼夷弾が地面に突き刺さり、盛んに大きな火を噴出していました。

 

 オジイチャンは、ボクをおぶってオバアチャンは洋治を抱き、母は征三をずぶ濡れの毛布に包んで、石段を駆け下りました。

 その時、母が濡れた石段で足を滑らして転んでしまったのです。 母は足でも挫いたのか、直ぐには立てずにいましたが、オジイチャンに「 アツメ! なんばしよっか! 征三を殺す気か!」と一喝され、母は泣き声をあげながら、片手で征三を抱え上げ、片手を突いてやっと立ち上がったのです。 そして、ビッコを引きながらも、走ってついてきました。

 

 道路まで下り、坂の下の方を見ると、両側の民家が凄い勢いで燃え、焼夷弾も点々と火を噴いていたのです。

「 下の方は駄目だ! 上に逃げるぞ!」と言う声に促されて、近所の人達も皆で、坂の上を目指して駆け上りました。

 途中の山道や林の中、畑の中まで焼夷弾が火を噴き、雑木林の樹までが燃えていました。


 道路に落ちている焼夷弾を飛び越えながら走っている時、夫婦と思える二人のお年寄りが、まだ燃えている焼夷弾に側溝の水をバケツで一つづつかけて消そうとしていました。

 オジイチャンが「 早く逃げろ! 焼け死ぬぞ!」と注意したら、「 わしたちは、もう良いんじゃ。皆さんが無事に逃げられるように・・・ 用心して逃げて下さいよ。」と、バケツで燃えている焼夷弾に水をかけ続けていました。

 

 その頃には、B29の第一次攻撃も通り過ぎて、ほんの暫くは少し静かになり、人々の泣き声や誰かを呼んでいる大声、家が燃えているパチパチと言う音が聞こえてきました。


 それでも、ボクたちはより安全な場所を求めて登り続けました。 街の方を見ると空まで真っ赤に染まり、建物がみんな燃えているのか、火柱と真っ黒い煙が立ち込めているのがみえました。