S.20'  6月29日 佐 世 保 大 空 襲 (3)

 

 それから、どのくらいの時間が経ったのでしょう。

空が白々と明け、周りがボンヤリと明るくなってきました。

 しばらく止んでいたと思われた雨も、また小粒ながら、また降りはじめました。 でも、今度は黒い雨だったのです。 

オジイチャンに聞いたら、「 お天道さまが、怒ってるんだよ!」と言う返事でした。


 その頃は、もう B29の編隊は東の空に去り、爆音や爆弾の破裂する音も聞こえなくなっていました。  

 ただ、燃えた家や樹木から立ち昇る真っ黒い煙りや、白い煙りが空を覆っていました。 

そして、所々の家からはまだ小さな火柱が上がり、燃えて黒こげになった柱や壁が倒れる音、パチパチと言う、まだ何かが燃えているような音や異様な臭い、それに、ボクたちと一緒に竹藪に避難している人達の慰めあう声や、泣き声だけが聞こえていました。

 

 洋治は、ずっとか細い声で泣き続けていたのですが、もう泣きつかれたのか、目に涙を溜めたまま眠っていました。

征三も良く眠っているようでした。 

 オジイチャンは「 もう暫く休んだら山を下りるぞ! ここで待ってろよ!」と言い残して、何処かに出かけていきました。 しばらくして、戻ってきたオジイチャンの手には、小さな下駄がぶら下がっていました。 裸足のボクが歩けるようにと、何処からか拾ってきてくれたのです。

 

ずいぶん汚れてはいましたが、その下駄には戦車と飛行機の絵が描いてあったのです。 ボクは大いに気に入り、「 これ履いて良いの?」と聞くとオジイチャンは「 ウン! お前は取り合えずこれを履いて、頑張って歩くんだぞ。 ジィは洋治を抱いて行くからな!」と言い、少し大きめの下駄を、脱げないように紐で足に括り付けてくれたのです。

 

 辺りが、すっかり明るくなってきたころ、ボクたちは竹藪を抜け出して、歩き始めました。

 ボクは、慣れない下駄で歩き難かったのと、足の火傷が痛かったのを懸命に我慢してユックリユックリと歩き続けました。

 オジイチャンは洋治を抱き、母は征三を抱き、オバアチャンの助けを借りながらも、一歩一歩と足を引きずりながら山を下って行ったのです。

 しばらく下ると、先程までボクたちが入っていた防空壕の前まできました。 するとあの防空壕は、半分程が原型を留めない位に崩れ落ちていたのです。 あのまま中に入っていたら、ペチャンコになっていたかもと、ゾッとしました。

 

 そこから、大分下った所にボクたちが暮らしていた家が有ったのですが、そこには何もなくて、ただ真っ黒く焼けた柱と、崩れかけた少しばかりの壁だけが、まだ、白い煙りを上げていたのです。 オジイチャンは「 悔しいけど、家はまた頑張って建てたら良いんだよ。 でも、命は建て直しがきかないからな~ とにかく、皆が無事に生き長らえて良かったな~」と、頷きながら言ってました。

 ここから、坂道を下るに従い民家も増え、次第に街らしくなっていくのです。

 

 そこで、ボクは地獄のような有様を目撃したのです。

道の両側の家の大半は殆んどが焼け落ちて、道路にはまだ燻ぶっている真っ黒い柱や板切れ、砕け散ったガラスの破片、沢山の割れた瓦等で足の踏み場もないみたいでした。

 そして道の端には、何か黒く焼け焦げたような物が転がっていました。

 ボクが、何だろうと見ようとしたら、母が「 和衛! 見なさんな! 見ちゃ駄目!」と言いましたが、ボクはつい見てしまったのです。 それは紛れもなく、焼け焦げて真っ黒くなった人の身体だったのです。 半ば、うつ伏せになり、胸に抱いた小さな子供を護るように、しっかりと抱いたまま亡くなっていました。

 

 着物は焼け焦げて所々に張り付き、身体中赤黒く焼け爛れて、それはもうこの世のものとは思えない有様でした。 ボクは、その異様さと臭いで気持ち悪くなり、思わず目をそらしました。 そして、その子とお母さんが可哀想で泣き出してしまったのです。

 

日頃から、母やオバアチャンに聞かされていた地獄って言う所は、こんな所じゃないかなと、改めて思い起こされたものです。

 辺りに目をこらすと、あちこちにこのような死体が放置されたまま、取り残されていたのです。

 

ボクは下を向いたまま、オジイチャンに手を引かれ、涙を流しながら歩き続けました。