S.20' 8月9日  長崎に原子爆弾投下!

 そして、8月9日、11時ごろのことです。 

いつものように、直鳥橋の上で、お兄ちゃんが魚釣りをしているのを見ていました。

 すると突然、、西の方の空がピカッと光り、まるで稲妻が走ったように見えたのです。 お兄ちゃんもビックリして上に登ってきました。

 

やがて、遥か遠くの空にモクモクと赤紫の煙りか雲のようなものが湧き上がりはじめ、空が茜色に染まっていくのが見えました。 お兄ちゃんが「 長崎がやられた! ラジオ!」と言いながら駆け出しましたので、ボクも慌てて追いかけました。 家でラジオを点け、しばらくして大本営発表で「 本11時02分、長崎市ニ特殊爆弾投下サレリ、被害些少ナリ!」と言うような放送が流されました。

 

しかし、本当は長崎市の被害は些少ではありませんでした。 この爆弾は、8月6日に広島に落とし、壊滅的な被害を与えた物と同じ「 原子爆弾 」だったのです。

  この、原子爆弾は長崎市街の浦上天主堂の500m上空で爆発したそうです。 これにより、長崎市は壊滅的な被害を蒙りました。 10月末までの調査では、死者約5万人、負傷者約10万人程度と言うのが長崎市の推定だったようです。

 しかし、通常の爆弾による被害とは違い、原子病を発して次々と多数の市民が亡くなっていく状況になったのです。

被災焼失した家屋は全戸数の36%にも当たり、全焼は11600戸、1300戸が全壊、そして5500戸が、かろうじて半壊に止まったそうです。