S.20' 3月10日  東京大空襲 !

 

 昭和20年3月10日の「 東京大空襲  」は、特に熾烈なものでした。

 

この日の空襲は、それまでの爆撃とは異なり低空度、夜間、焼夷弾を主体とした、全てを焼き尽くす焦土作戦だったのです。 その目的は、市民の生活の場である木造家屋が密集する下町の市街地を、そこに散在する町工場もろとも焼き尽くすことにあったのです。

 

米軍の爆撃機は、325機ものB29で構成されていました。

 まず、3月9日22時30分に2機のB29が東京上空に飛来し、これにより警戒警報が発令されました。 まもなく、この機は房総沖に飛び去ったため、一旦警報は解除されたのです。

 これで東京市民が安心した、10日の0時7分、深川地区に第一弾が投下され、それから約2時間半にわたって絨毯爆撃が行われたのです。

 

 火災の煙は高度15000mの成層圏まで達し、秒速100mと言う竜巻並みの暴風が吹き荒れました。

 

 この爆撃のために米軍は、各機に通常の2倍もの搭載量である、6㌧の高性能焼夷弾を搭載し結局、制御投下弾量は 381300発、重量は 1783㌧にものぼりました。

 

 2時37分に爆撃機は退去したのですが、この空襲で一夜にして東京市街地の東半分が焼失し、死者約10万人、負傷者約45000人、被災者10万人以上、被災家屋が約27万戸と言う壊滅的な被害を蒙ったのです。

 

 ボクたちの家には、この空襲での被害はありませんでしたが、東の方の空が真っ赤に染まり、真っ黒い煙と幾筋もの探照灯の光が交差する、恐ろしい有様がハッキリと見え、朝まで眠れぬ夜をすごしたものです。

 

 しかも、この後も首都東京を目標とした爆撃や空襲は相変わらず続き、終戦の日までに、大小併せて100回以上も実施されたそうです。