S.20' 2月19日  調布空襲 (2)

 ところが、2月19日には調布飛行場を目標とした、大きな空襲があったのです。

 

 その日の朝早くから、陸軍の戦闘機「 飛燕 」が数十機発進して間もなく、西の空から米軍の艦載機グラマンが飛行場目掛けて、機銃掃射や爆弾を投下しはじめました。 ボクたちの調布の空は、たちまち空中戦の戦場になってしまったのです。

 

 遠くの高射砲陣地からは間断なく続く重厚な射撃音、投下された爆弾の破裂する音、機銃掃射の鋭い音、燃え上がる建物の炎、防空壕の扉の隙間から見えた調布は、信じられないような光景でした。

 

しかもこの後、考えられないような大きな爆音と共に、B29爆撃機が 6、7機づつの編隊を組みながら、いくつもいくつも高い空に現れたのです。 そして、数え切れないほどの爆弾を飛行場や工場、付近の民家が密集している辺りに投下し始めたのです。 赤黒い煙や土埃の舞い上がる空で、空中戦が繰り広げられていました。

 

 B29と小さな「 飛燕 」の空中戦は、あたかも大きな鷹に果敢に挑んでる、小さな雀のような有様でした。 小さな「 飛燕 」で、何倍もある大きなB29に立ち向かっている兵隊さんの勇気に、ボクは感激しました。 そして、この時初めてB29を見たボクは、とにかくその大きさに驚きました。

 

 どの位の時間が経ったのでしょうか。 夕方近くになって、やっと警戒警報解除のサイレンがなりました。

 

 ボクたちは、おそるおそる防空壕から這い出して、辺りを見回すと飛行場や遠くの街の方には、まだ真っ黒い煙や火柱が立っていました。

 部屋に戻り、母はフッチャンに手助けされて布団に横になりましたが、間もなく母は「 痛い!痛い」と苦しみ始めました。 フッチャンは慌てて、お産婆さんを呼びに走っていきました。

 

 お外での戦争が過ぎ去った、と思ったら、今度はお家での戦争が始まったのです。 お産婆さんが到着するまでボクたちは一生懸命、母をはげましました。

 お産婆さんが到着してからのフッチャンは大奮闘、ボクたちは「 しばらく、ここに居なさい!」と隣の部屋に閉じ込められました。

 

そして、母の呻き声やお産婆さんの励ましている声を聞いていました。

ボクたちは怖くなって、オコタに潜り込んでいました。

 洋治が泣き疲れて寝てしまい、しばらく経ったころ、いきなり「 オギャー!オギャー!」と元気な産声が聞こえ、フッチャンが「 男の子だよ!」と知らせてくれました。

 

 ボクたちは、おそるおそる赤ちゃんを覗き込みました。

でも、しわくちゃの顔は、とても可愛いとは思えなかったのです。

怪訝そうな顔をしているボクたちに、母は「 ボクたちも、生まれたばかりの時は、こんな顔してたのよ。」と優しい笑顔で教えてくれました。

 名前は「 征三 」に決まり、ボクも洋治も、またお兄ちゃんになったのです。 二人も弟が出来たことが、嬉しくてたまらず、隣近所に吹聴してまわったものです。

 

 征三は、とてもおとなしい子で、お腹の空いた時以外は良く眠っていました。 毎日毎日顔が変わっていき、1ヶ月もすると丸々と肥って、大きな目をした、とても可愛い顔になっていきました。

 

 これ以後は、調布も大きな空襲には見舞われなかったみたいですが、3月に入った途端に、米軍は徹底的な焼夷弾による絨毯爆撃を展開し始めたのです。